Radiative Transfer方程式の拡散近似
はじめに
BSSRDFモデル や subsurface scattering の理論的背景には, Radiative Transfer方程式の拡散近似があります[JMLH01]. ただし[JMLH01]ではこのことを軽く触れているのみで, 詳細は[Ish78]へ委ねられています. 一方で, Radiation Hydrodynamicsの本[Cas04]を見ると, この話題はモーメント定式化[Tho81]を用いてわかりやすく整理されています. そこで, この記事では [Tho81, Cas04]を参考にしてRadiative Transfer方程式のモーメント定式化を行い, [JMLH01]にある拡散方程式を求めます.
Radiative Transfer方程式
位置 , 時刻 で方向 へ向かう光線の放射輝度を, と書きます. このとき, 媒質内を進行する光線の放射輝度の変化は, Radiative Transfer方程式
によって与えられます. ここで は単位球面 上の積分を表します. そして ] は光速, ], ], は媒質の散乱係数, 吸収係数, 消散係数です. は散乱の位相関数で,
と規格化されているとします. また散乱は軸対称 の場合に限るとして, その異方性因子を
と定義しておきます[JMLH01].
なお, [JMLH01]にある Radiative Transfer方程式は放射輝度の時間変化を無視しているのですが, この記事では残して導出を進めます. ほかの分野と比較したくなった時に便利だからです.
Radiative Transfer方程式(\ref{eq:radiative_transfer})は, 放射輝度 に関する積分微分方程式となっていることに加えて, 位置 , 時間 , 方向 の6つの独立変数を持っています. 従って簡単には解けません. そこで次節では, Radiative Transfer方程式を方向 に依存しない方程式群へ展開する, モーメント定式化を導入します.
モーメント定式化
モーメント展開
単位球面上に値をとる関数 はモーメント展開によって,
と展開できます[Tho81]. この式の第1項, 第2項, は球面調和関数展開の 0次, 1次, に対応しています. 展開の各項に現れる量 , を一般的に表すために, 関数の 次のモーメントをと導入します[JAM+10]. はテンソル積です.
これを使うと, 放射輝度 は
と展開されます. ここで の 0次のモーメントを scalar irradiance , 1次のモーメントを vector irradiance と書きました[JMLH01]:
後のために, この記事では, 2次のモーメントも tensor irradiance
と書いておきます. また, 自己放射 の0次と1次のモーメントも
と書いておきます.
Radiative Transfer方程式のモーメント定式化
それでは, (\ref{eq:define_moment})を使って Radiative Transfer方程式の0次と1次のモーメント式を求めていきます.
0次のモーメント式
Radiative Transfer方程式(\ref{eq:radiative_transfer})の0次のモーメントをとると,
そして下かっこで示した式の整理を行うと,となります.
1次のモーメント式
同様に, Radiative Transfer方程式(\ref{eq:radiative_transfer})の1次のモーメントをとると,
そして下かっこで示した式の整理を行うと,となります.ここで としました.
Radiative Transfer方程式の拡散近似
前節で得た 0次のモーメント式には1次の量 が, 1次のモーメント式には2次の量 が表れます. このままではモーメント式の階層が無限に続いてしまうので, 放射輝度のモーメント展開(\ref{eq:moment_expansion})を1次で打ち切る近似[JMLH01]を行います
この近似は, 拡散近似と呼ばれています[Cas04]. これを, 1次のモーメント式(\ref{eq:rte_1st_moment})の第2項へ適用すると, 下記が得られます.
詳細
さらに, 平均自由行程 のあいだで の時間変化が無視できるくらい小さい とすれば, 1次のモーメント式 (\ref{eq:rte_1st_moment}) はとなります. これを変形してと書き, 0次のモーメント式 (\ref{eq:rte_0th_moment}) へ代入すればが得られます. 同様にして の時間変化も無視でき, 媒質が一様である , と仮定すれば,
となります. これで, 文献[Ish78, JMLH01, JAM+10]の拡散方程式が求まりました.
まとめ
この記事では, 放射輝度の低次近似(\ref{eq:moment_expansion_1st_approximation})を取ることで, Radiative Transfer方程式(\ref{eq:radiative_transfer})から拡散方程式(\ref{eq:isotropic_diffusion_equation})が得られることを確認しました. ここで書いた内容が, Radiative Transfer方程式の拡散近似を用いた文献[JMLH01, JAM+10]などを読む際の助けになれば幸いです.
付録
この記事内で使った式を挙げます.
位相関数 の1次のモーメント
の1次のモーメントをとると,
放射輝度 の0次と1次のモーメント
これらは, が に作用しないことから得られます.
の0次と1次のモーメント
(\ref{eq:pL_0th_moment}): の0次のモーメントを取ると
(\ref{eq:pL_1st_moment}): の1次のモーメントを取るととなります.